生き物を慈しんだ偉人たち

歴史に名を残す偉人達の、生物愛エピソード。

甘える猫

慶慈保胤(よししげのやすたね)

承平(931~938年)の頃の生まれ。長保4年(1002年)没。

平安時代中期。『池亭記』の著者。文人・儒学者。官位は従五位下の大内記。官位を辞職後は隠棲、出家、その後諸国を遍歴、内記入道と親しまれました。とても慈悲深い人物だったようで、こんなエピソードが残っています。

諸国を経歴して、広く仏事を作(な)す。もし仏像経巻あれば、必ず容止(ようし)して過ぎたり。礼節は王公のごとし。強牛肥馬に乗るといえども、猶(ゆう)し涕泣(ていきゅう)して哀ぶ。慈悲は禽獣にまで被(こうぶ)りぬ。

大江正房『続本朝往生伝』

【意味】

諸国を行脚して、広く念仏・供養などの仏事をおこなった。もし仏像や経典があれば、必ず正しい作法で立ち振る舞い、その姿はまるで王公のように尊かった。強い牛や、太った馬に乗るときでさえ、申し訳ないと涙を流して憐れむほど、その慈悲の心は禽獣にまで及んでいた。

「慶慈保胤」菊池容斎筆

卜部兼好(うらべのかねよし/うらべのけんこう)

吉田兼好(よしだけんこう)とも。弘安6年(1283年)頃~文和元年/正平7年(1352年)以後。

鎌倉時代末期~南北朝時代の随筆家・歌人。『徒然草』の著者として有名。その『徒然草』の中で、飼育してよいのは馬・牛・犬だけ、これらは人間が生活していく上でどうしても必要だから仕方ない、でも他の鳥獣は飼うべきではないと言っています。

第百二十一段

養ひ飼ふものには、馬・牛。繋ぎ苦しむるこそいたましけれど、なくてかなはぬものなれば、いかがはせん。犬は、守り防ぐつとめ、人にもまさりたれば、必ずあるべし。されど、家ごとにあるものなれば、殊更に求め飼はずともありなん。
その外の鳥・獣、すべて用なきものなり。走る獣は檻にこめ、鎖をささえ、飛ぶ鳥はつばさを切り、籠に入れられて雲を恋ひ、野山を思ふ愁、止む時なし。その思ひ、我が身にあたりて忍びがたくは、心あらん人、是を楽しまんや。生を苦しめて目を喜ばしむるは、桀・紂が心なり。王子猷が鳥を愛せし、林に楽しぶをみて、逍遙の友としき。捕へ苦しめたるにあらず。
凡そ、「めづらしき禽、あやしき獣、国に育はず」とこそ、文にも侍るなれ。

『徒然草』

【意味】

養い飼うものは、馬・牛。繋いで苦しめることになるのは可哀想だけれども、彼等の力を借りずには暮らせないので、どうにもしかたがない。犬は、家を守り防ぐ働きが、人より優れているのだから、必ず飼うべきだ。しかし、家ごとにすでに飼っている動物であれば、無理に求めてまで飼わなくてもよいだろう。
その他の鳥や獣は、すべて、飼う必要のないものである。走る獣を檻に閉じこめ、鎖で繋ぎ、空飛ぶ鳥のつばさを切り、籠に入れてしまっては、雲を恋しがり、野山を思い焦がれる愁嘆は、止むことがない。その気持ちを、我が身にひきかえて忍びがたいと思うならば、心ある人なら、どうして飼って楽しもうなんてできるだろうか。生きものを苦しめて自分の目を喜ばせるなんて、昔の暴君、桀や紂と変わらない。王子猷は鳥を愛したが、林に遊ぶのをみて、散歩の友と愛したのである。捕らえて苦しめたのではない。
およそ「珍しい鳥、貴重な獣は、国内で飼わない」と、昔の文献にも書いてある。

「兼好画像」伝可能探幽筆 金沢文庫蔵

徳川綱吉(とくがわ つなよし)

正保3年1月8日(1646年2月23日)~宝永6年1月10日(1709年2月19日)。江戸幕府の第5代将軍(在職1680年~1709年)。

とにかく「生き物が死ぬ」のが嫌で耐えられなかったお人のようです。こんなエピソードがあります。綱吉が将軍になる前に、当時の将軍様から鷹狩用の鷹が送られました。となれば立場上、必ず鷹狩をしなければなりません。綱吉はしぶしぶ4回だけ鷹狩に付き合ったが、その後は家来を代理に寄越すことで面目だけは保ちつつ、自ら殺生することは避けたと言われています。天下の(未来の)将軍ともあろうお方が、鳥一匹さばくこともできなかった。そのくらい殺生を忌む方でした。

「生類憐みの令」については賛否両論、天下の悪法として貶す論調も少なくありません。でも果たして、本当にそこまで悪法だったのでしょうか?

綱吉の元禄時代に、商業経済は大きく発展し、町民文化が華やかに花咲きました。それまでの殺伐とした武家社会から、平和な町民の文化へと日本は変わりました。「生類憐み」の精神無くして、はたして町民文化があれほど発達できたでしょうか?

また、綱吉は「犬公方(将軍)」と揶揄されたりしますけれど、綱吉が哀れんだ生類は犬だけではありませんでした。あらゆる生き物に及んでいたのです。その中にはもちろん人も含まれていました。捨て子をしてはいけないとか、老人は足腰立たなくなってもちゃんとお世話しなさいとか、旅人が病気になったら看病しなさいとか。最下層民には救済米が支給されました・・・しかし現代ではフードバンクもこども食堂も全部民営ですね。綱吉は牢屋環境を改善し改築も行いました・・・しかし現代ではまだ多くの刑務所で受刑者がいる部屋にエアコンもないそうですね。

さらに日本は、文明開化後、猛烈な勢いで西洋諸国に「追いついた」ほぼ唯一の非白人国でもありました。あのようなスピードで追いつけたのは、日本の一般民衆のレベルの高さゆえと言われています。当時の識字率は西洋諸国より高かった。江戸時代が平和で町民文化が栄えたことで、日本にはしっかりとした国力がついていたのです。

そう考えれば、今の日本があるのも、ひとつは「生類憐みの令」のお陰といえるかもしれません。

良寛(りょうかん)

宝暦8年10月2日(1758年11月2日)~天保2年1月6日(1831年2月18日)。

江戸時代後期、「良寛さん」と人々に愛された僧侶。幼名は栄蔵、号は大愚。無一物な清貧生活を極めた一方、秀逸な書家であり、日本一と評されるほどの漢詩人であり、和歌もよくしました。

良寛さんは乞食(こつじき)で生活していました。御鉢を手に人々の間を歩き、托鉢でもらったものだけで生きたのです。ときには、食べ物といえば1日1回の薄い蕎麦湯(そば粉を水で溶いたもの)だけでした。ときには、傷んだ食料から虫を取り除き食べられる部分をわずかに口にしました。そんなひどい食事でもあればマシで、炉も御鉢もホコリをかぶったままの日も多かったのです。

それほどに貧しい生活だったにもかかわらず、1日分以上の食糧をもらえた日は、余った分はしばしば庵の前の小鳥たちに分け与えてしまったと伝えられています。そして翌日、また空っぽの御鉢をもって托鉢に出かけるのです。もらえるかどうかもわからないのに。

そんな虫も殺さぬ良寛さんのこと、我が身にたかるノミやシラミさえ慈しみました。良寛さんの歌です。
 『蚤虱(のみしらみ)(ね)を立てて鳴(なく)虫ならば わがふところは武蔵野の原
〈意味〉蚤や虱が声を出して鳴く虫ならば、私のふところは武蔵野の原のように美しい声であふれるのに、残念だなあ。

写真の著作者:Dready from en:wikipedia美術著作物の制作者:滝川毘堂(本名:滝川美一)(1914-1980)[1][2]美術著作物の建立者:良寛禅師銅像建立奉賛会[1] - commons:File:Ryokan-Sculpture.jpg (Originally uploaded to English Wikipedia by Dready as en:Image:Ryokan-web.jpg (00:37, 29 October 2004)) (オリジナルサイズ809×977からリサイズ), CC 表示-継承 3.0, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?curid=3546511による

新渡戸稲造(にとべ いなぞう)

文久2年8月3日(1862年9月1日)~ 昭和8年(1933年)10月15日。教育者・思想家。

五千円券の顔になったこともある新渡戸稲造の動物愛護エピソード。ちょっと長くなりますが、須磨章『猫は犬より働いた』より引用させていただきます。

(前略)樋口一葉の前の五千円札でお馴染みの新渡戸稲造が、動物愛護運動の先がけになっているのだ。

明治天皇が崩御され、その棺をのせた車を引く牛に、ろくな食事を与えなかったという講義を、新渡戸稲造たちが発したのだ。その牛が葬列の最中に糞をたれ流しては天皇の葬儀にふさわしくないと、ゴマを食べさせて車を引かせたということに対するクレームだ。「胡麻では力がでないではないか」という主張なのだろうが、明治天皇といえば、生き神様といわれる存在で、うっかりすれば不敬罪で監獄行きだ。ところが、新渡戸はアメリカやドイツへの留学歴があり、(中略)、まさに日本文化と西洋文明のかけ橋のような、著名な学者であった。そして夫人の万里さんは、マリー・エルキントンというアメリカ人女性であり、「牛にゴマは可哀想すぎる」と言い出したのは、この万里さんだともいわれている。そんなことで不敬罪などということにはならず、むしろこの有名人の抗議行動をきっかけに、動物愛護運動は高まりをみせていったようだ。

大正四年(一九一五)には、新渡戸稲造夫妻たちが「日本人道会」という名の動物愛護団体を発足させ、昭和二年(一九二七)には動物愛護習慣がはじまっている。(後略)

須磨章『猫は犬より働いた』柏書房 ISBN:9784760126545 page35

日本の近代的な動物愛護運動は、この夫婦から始まっていたんですね。すばらしい。そうと知れば、またお札に復活してほしいくらいです。今度は五千円札ではなく、一万円札に夫婦お揃いで。だめ?

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