雷獣
らいじゅう
雷獣とは
『広辞苑』第六版より
らいじゅう【雷獣】
想像上の怪物。聖典の日には柔懦(じゅうだ)であるが、風雨にあうと勢い猛烈となり、雲に乗って飛行し、落雷と共に地上に落ち、樹木を裂き人畜を害する。形は小犬に似て灰色、頭長く喙(くちばし)黒く、尾は狐に、爪は鷲に似るという。木貂(きてん)。
『日本語大辞典』講談社より
①中国の想像上の怪獣。雷とともに落下し、人畜に危害を及ぼすと考えられた。木貂(きてん)。
②第三紀漸新世の化石哺乳類(ほにゅうるい)。植物食性。体高約2.5m。鼻の上に太い日本の角をもつ。プロントテリウム。
【参考文献】
『成語林』旺文社、『広辞苑』岩波書店、『大漢語林』大修館書店、『四字熟語の辞典』三省堂、ほか。参考文献の全リストはこちら
雷獣の正体は?
雷獣の正体というか、モデルとなった動物として最有力候補は「ハクビシン」とされています。大きさは猫よりは大きく小犬くらい、木や建物に登る、柱をひっかく、尾が長い、人々にとって犬猫ほど馴染みの深い動物ではない、トウモロコシを食べる、等。
他の候補としては、テン、イタチ、アナグマ、ムササビ、モモンガ、カワウソ、リス等があげられています。
↓うちの庭にきたハクビシン↓
松浦静山『甲子夜話』に出てくる雷獣
雷獣の姿は小犬に似ているとされますが、江戸時代の随筆、松浦静山『甲子夜話』では、雷獣は猫に似ていると書かれています。以下、その該当文を書き出します。
巻二 〔三三〕
出羽国秋田は、冬は雪殊に降積り、高さ数丈に及て、家を埋み山を没す。然(しかる)に雷の鳴こと甚しく、夏に異らず。却て夏は雷鳴あること希(まれ)にて、其声も強からず。冬は数々(しばしば)鳴て、声雪吹(ふぶき)に交りて尤迅し。又挺発すること度々ありて、其堕(おつ)る毎(ごと)に必(かならず)獣て共に堕つ。形猫のごとしと。これ先年秋田の支封壱岐守(いきのかみ)の叔父中務(なかつかさ)の語しなり。又語しは、秋田侯の近習某、性強壮、一日霆激して屋頭に堕(おつ)。雷獣あり。渠(かれ)即(すなはち)これを捕獲煮て食すと。然(しかれ)ば雷獣は無毒のものと見えたり。
松浦静山『甲子夜話1』東洋文庫(電子書籍版 page 36)
【大意】
出羽の国、秋田は、冬は雪が深く、高さは数丈におよび、家も山も雪に埋まる。ひどく雷が鳴って、それも夏には限らない。かえって夏は雷鳴は少なく音も小さい。冬はしばしば雷がなって、音も大きい。また度々落雷し、落ちるたびに必ず獣が一緒に落ちる。その姿は猫に似ているらしい。これは以前、秋田の支封壱岐守の叔父中務の語ったことだ。またこうも語った。秋田侯の近習の何某という男は強壮だった。ある日、雷が轟いて落ちた時、雷獣が現れた。男はそれを捕まえて煮て食べてしまったという。ということは雷獣は無毒なのだろう。
煮て食べてしまうとは無茶な男ですね。
また、こんな話もあります。
巻八 〔八〕
この二月十五日の朝、俄に雷雨したるが、鳥越袋町に雷落たり。処は丹羽小左衛門と云(いふ)人〔千石〕の屋敷の門と云ふ。其時門番の者見居たるに、一火団地へ墜(おつ)るとひとしく雲降り来て、火団は其中に入りて空に昇れり。其後に獣残り居たるを、門番六尺棒にて打たるに、獣走(はしり)にげ門続の長屋にゆき、又その次の長屋に走込しを、それに住める者、有合ふものにて抛打に為(し)たれば、獣其男の頬をかきさき逃失(うせ)たり。因て毒気に中(あた)りたるか、此男は其まゝ打臥(ふし)たりと。又始め雷落たるとき、かの獣六七も有(あり)たると覚へしと門番人云けるが、猫より大きく、払林狗(ふつりんく)の如くにして、鼠色にて腹白しと。震墜の門柱三本に爪痕あり。此ことを聞(きき)、行人群集して、常々静なる袋町も、忽(たちまち)一時の喧噪を為しとなり。その屋鋪(やしき)は同姓勢州が隣にて、僅に隔りたる故、雷落し頃は別て雨強く、門内鋪(しき)石の上に水たゝへたるに火花映じて、門内一面に火団飛走(とびはしる)かと見えしに、激声も烈しかりしかば、番士三人不ㇾ覚うつ状になり、外向に居し者は顔に物の中(あた)る如く覚へ、半時計(ばかり)は心地悪くありたると、勢州の家人物語せり。
松浦静山『甲子夜話1』東洋文庫(電子書籍版 page 133-134)
【大意】
二月十五日の朝、にわかに雷雨となり、鳥越袋町に雷が落ちた。丹羽小左衛門という人の屋敷の門前だそうだ。その門番の話では、火団(火のたま)が地面に落ちると同時に雲が降りてきて、火団はその雲に入って空に登ったが、その後に獣が残っていて、門番が六尺忙で打つと、獣は走ってとなりの長屋さらに隣の長屋へと逃げまわるのを、居合わせた人々で打ったが、獣は門番の頬を引っ掻いて逃げうせてしまった。すると毒にあたったか門番はそのまま寝込んでしまった。雷が落ちた時、最初は獣が六~七頭もいたと門番は言い、猫よりも大きく、払林狗(中国のさらに西方から来た犬の意、狆)のようで、鼠色でお腹は白かったと。落ちた時に門柱に3本の爪痕を残した。この話を聞いて人だかりができた。その屋敷の隣でも、雷が落ちた時は雨も強く、敷石の上に火花が映じて、敷地内に火団が飛び走り、音もひどく、番人三人が意識不明となり、外を見ていた人は顔に何かが当たったように感じ、半時ばかり気持ち悪くなったそうだ。
↓「雷獣」のモデル候補のひとつ、テン(ホンドテン)↓うち、黄色いテンをキテンといいます(木貂ではなく、黄貂)。
雷と一緒に落ちてくる獣、なとどいうと恐ろしい妖怪のイメージですが、人に喰われるなど、案外弱っちいところがある雷獣。さらに人に飼われることもあり、その好物はトウモロコシだとか。なんかますます可愛い動物に思えてきます。
巻十一〔一五〕
谷文晁の云しと又伝(またづて)に聞く。雷の落たるとき其気に犯されたる者は、廢忘して遂に痴となり、毉薬験なきもの多し。然に玉蜀黍の実を服すれば忽(たちまち)癒(いゆ)。或年、高松侯の厩に震して馬うたれ死す。中間は乃(すなはち)廢忘して痴となる。侯の画工石腸と云ものは文晁の門人なり。来てこれを晁に告ぐ。晁因て玉蜀黍を細剉(さいぎ)して与るに、一服にして立どころに平癒す。又後、晁本郷に雷獣を畜(やしなふ)もおありと聞き、其貌を真写せんとして彼(か)しこに抵(いた)り就て写す。時に畜主に問ふ。此獣を養ふこと何年ぞ。答ふ、二三年に及ぶ。又問ふ、何をか食せしむ。答ふ、好で蜀黍を喰ふと。晁この言を不思議として人に伝ふ。いかにも理外のことなり。
松浦静山『甲子夜話1』東洋文庫(電子書籍版 page 187-188)
【大意】
谷文晁の話を又聞きで聞いた。雷が落ちた時にその気に犯された人間はぼんやりして痴呆になってしまい、薬も効かない。しかし玉蜀黍(とうもろこし)の実を食べさせればたちまち治る。ある年、高松侯の厩に雷が落ちて馬が死に、中間は痴呆になった。侯の画工の石腸は文晁の門人で、そのことを聞いた晁は玉蜀黍を砕いて中間に与えたところ、たちどころに治った。また、その後、晁は本郷に雷獣を飼っている人がいると聞き、訪れてその姿を写生した。雷獣を何年飼っているかと問うと、二~三年だという。何を食べさせているのかと問うと、このんで玉蜀黍を食べるという。不思議な話だと人に伝えたそうだ。
雷獣のミイラ
新潟県長岡市にある真言宗智山派海雲山瀧泉《西生寺》に、雷獣のミイラとされるものがあります。公式ホームページにその写真も公開されています。
『西生寺』トップページ→境内マップ・見どころ→③宝物館(見学無料)をクリック/タップ
私は現物を見ていませんし、その方面の学者でも何でもありませんから、ただの素人感想ですけれど、写真で見る限り、・・・猫?
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庭でTNR猫の食べ残しをあさるハクビシン親子。