虎の皮

トラ

現在、日本列島にトラは生息していません。

大昔は生息していました。洪積世後期(縄文時代よりもっと前)の地層からトラとみられる化石が日本各地で発見されています(山口県、瀬戸内海、岐阜県、静岡県、栃木県、青森県、大分県、等。「大分県津久見市の石灰石鉱山産トラ化石」(注※)より)。残念ながら、人間が文献に歴史を残すようになった時代には、トラは絶滅してしまっていました。

けれども虎という動物に対する憧憬は強かったようです。異国に生息する強力な肉食獣というだけでなく、あの目立つ毛皮。人々の空想力を掻き立てるに十分すぎる動物ではありますね。

たとえば、我が国初の長編物語といわれる『うつほ物語』の導入部分には、虎の皮が出てきます。またご存じ鬼のパンツは虎柄です。江戸時代には「そうは虎の皮の褌」なんて言い回しもありました。

でも、令和の現代、トラは全亜種が絶滅危惧種に指定され、虎皮の取引も世界的に厳しく制限されています(少なくとも法律上は。現状は密猟密輸が絶えないようですけれど。)今の時代、本物の虎皮を敷いたり、虎皮を使った製品を着たり所有することはむしろ「恥」でしかありません。先祖代々大切に保存されてきた骨董品を除き、虎皮や虎漢方薬など生きた虎由来のものを欲しがるのは止めましょう。それらは今や、あなたの無教養ぶりを示すだけの「愚かアイテム」に過ぎないのですから。

猫「オレ様は茶トラだぜ」

『うつほ物語』に出てくる「虎の皮」

物語の最初の章「俊蔭」の冒頭に近い部分です。幼くして類まれな学才を示した俊蔭は遣唐使に選ばれますが、船が難破、俊蔭はかろうじて波斯国(はしこく)の渚に流れ着きます。するとそこへ、どこからともなく馬が現れ、途方に暮れた俊蔭を背に乗せて走り出すのでした。

(前略)清く涼しき林の栴檀(せんだん)の陰に、虎の皮を敷きて、三人の人、並び居て、琴(きん)を弾き遊ぶ所に下し置きて、馬(うま)は消え失せぬ。
 俊蔭(としかげ)、林のもとに立てり。三人の人、問ひて言はく、「かれは何(なん)ぞの人ぞ」。俊蔭答ふ、「日本国の王の使ひ、清原俊蔭なり。ありしやうは、かうかう」と言ふ時に、三人、「あはれ、旅人にこそあなれ。しばし宿さむかし」と言ひて、並べる木の陰に、同じきを敷きて居る。

(角川ソフィア文庫 ISBN:9784043742035 page19)

【口語訳】
(前略)清く涼しい林の、栴檀の木陰に、虎の皮を敷いて、三人の人が並んで座り、琴を弾いて遊んでいるところにくると、(俊蔭は)馬から降ろされ、その馬は消えてしまいました。
俊蔭は、林のもとに立ちました。三人の人が「あなたは誰ですか」と尋ねます。俊蔭は「日本国の王の使いの、清原俊蔭です。これこれこういう理由でここに来ました。」と答えます。三人の人は「ああ、旅人なのですね。しばらく泊っていきなさい」と言って、木陰に並べて、同じをしいてくれました。

主人公・俊蔭が乗ってきた馬が消え失せてしまうという不思議に加え、虎の皮という異国情緒あふれるアイテムが、ここが「普通の場所ではない」ことを強く印象付けています。あの強い虎(の皮)を尻に敷いている三人の男たち。ただ者であるはずがありません。この後、いろいろあった末に不思議な琴を授かりますが、それも当然と思える書き出しになっています。

『宇津保物語』の画像。

そう(うまく)は虎の皮の褌/鬼のパンツ

こちらに↓この言い回しの文例や、なぜ鬼のパンツは虎柄なのか等の説明等を書きましたのでご覧ください。

【注※】日本で発見されたトラの化石について

すばらしい論文があります。カラー写真も豊富。興味のある方は是非ご覧ください。ネットから削除されないことを願いつつ。

「大分県津久見市の石灰石鉱山産トラ化石」
長谷川善和・高桒祐司・根之木久美子・木村敏之
URL : http://www.gmnh.pref.gunma.jp/wp-content/uploads/bulletin23_1.pdf

※PDFファイルなので、リンクをクリックしてもブラウザによっては表示されないかと思います。そのときはお手数ですが検索または上記URLをコピペしてください。

猫「ボクはキジトラ」

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