虎を野に放つ/虎を千里の野に放つ/千里の野辺に虎の子を放つが如し
とらをのにはなつ
とらをせんりののにはなつ
(千里の野に虎を放つ せんりののにとらをはなつ)
せんりののべにとらのこをはなつがことし
(千里が野辺に虎の子を養うが如し せんりがのべにとらのこをやしなうがごとし)
【意味】
虎を広野に放って自由にさせることから、危険なものを野放しにすることのたとえ。
また、いずれ権力や武力を振るうに違いない人物などを、自由に活動できる状況下におくことのたとえ。
【参考文献】
『成語林』旺文社、『広辞苑』岩波書店、『大漢語林』大修館書店、『四字熟語の辞典』三省堂、ほか。参考文献の全リストはこちら
【猫的解釈】
↑子猫を狭い家に放つ。 狭くても工夫して、猫たちは活発に遊んでくれる。 どうやって本棚の天辺まで登ったのやら。
【雑学】
トラの縄張りは環境に左右される
トラは、比較的湿潤で植生の密な地域に住み、大型有蹄類(ウシ、シカ、イノシシ等)を捕食するように進化した動物である。 トラの縄張りの広さは、当然ながら、生息環境や獲物の数に大きく左右される。
チャールズ・マクドゥーガル氏によれば、ネパールのロイヤル・チタワン国立公園では、 15平方キロメートルに1頭の割合でトラが生息していた。 これに対して、インドネシアの熱帯雨林では100平方キロメートルに1頭、中国北東部の温帯混合林では300平方キロメートルに1頭の割合だったそうだ。
今の時代から見れば、千里もの広さがある野にトラを放つなら何も問題無いではないか、なんて思ってしまう。 今の時代、一番の問題は、そういう「千里の手つかずの自然」がほとんど残っていないことなのだから。
日本人の出生率こそ減少に転じたそうだけれど、世界的に見れば人口爆発は続いているワケだし、このまま人口増加が続けば、近い将来、地球が人類を支えきれなくなるだろうことは目に見えている・・・
せめて日本人の人口は増やさないでほしいと思う。 日本は幸いにして海に囲まれているし、山々は豊かな土におおわれている。 将来、世界中の食物輸出国から拒否される時が来ても、今の人口ならなんとか日本国内で自給自足できるはずと思う。 季節の野菜と穀物と、残飯や雑草で育つ少数の家畜がいてくれれば。
↑これ、私の実感です。 日本という国土は自給自足が十分に可能な広さと豊かさがあると思うのです。 日本人が少しだけ食生活を改めれば良いだけです。 多少の土地があれば畑は豊かに実るんですから。
【参考文献】
【虎を野に放つ:文例】
曲亭馬琴(1767-1848年)『南総里見八犬伝』
「人の及ばぬ寛仁御大度(ごたいど)、然(さ)までに思召すならば、姓氏の一義を許し給ひて、副使を返し遣し、新兵衛のみ抑置(とどめおき)て、京師(みやこ)の土になし給はば、それ将里見(はたさとみ)に折損(せっそん)あり、虎を放ちて山へ返す、婦人の仁に似るべくも候はず。
第九輯 巻之二十五 第百三十八回 ISBN:9784003022481 page58
倉阪鬼一郎『田舎の事件 (幻冬舎文庫)』 p.23
怒りは容器、テーブル、品書き、すべてのものに向けられた。誰が作ったとも知れぬ容器にそばを盛って平然としている神経に、彼は我慢がならなくなった。結局、行く先々の店で悶着を起こして孤立した。悪評が広まり、青年を雇う店は絶えた。
だが、これはかえって虎を野に放つ結果となった。町に店を構えるには不足だが、それなりの蓄えはあった。虎が野望を果たすときがやってきた。…
p.23
浅田次郎『赤猫異聞』
低い嗄れ声には、どこか聞き覚えがあった。
「赤猫の解き放ちじゃ」
ほう、と男は横向いたままいかにも思いがけぬというふうに肯いた。
「そういう話は知らんでもねえが、伝馬町の囚獄様も、虎を野に放つようなご裁断をよくもなすったものだの」
ISBN:978410109277 p.120